平塚潤の走るためのコツ教えます

ブルガリアンスクワット&ヒップリフト

サイドレイズ&ショルダープレス

長距離パフォーマンス向上のための段階的トレーニングの導入

本稿では中長距離において今よりも記録を伸ばすために、通常の練習に加えて、もしくは一部を置き換えてどういったトレーニングを行っていくべきかを既存の研究報告に基づいてご紹介します。

下記にてご紹介するのは確立された一定の再現性が見込める方法の一つです。
しかしながらこれらのトレーニング種目の導入は練習時間や全体的な運動強度とも密接に関係し、身体的負荷や回復の事を十分に考慮する必要があるため、監督や技術コーチと双方の意向を相談の上で慎重に導入を進めていくことを強く推奨致します。

本件が日々の努力を重ねるアスリートな皆様の競技パフォーマンス向上のためのヒントになれば幸いです。

持久系能力の三大要点

持久系能力においては下記3点が要点になります。*1
少々難しく思える用語が出てきますが、それらが意味している内容はシンプルです。

①最大酸素摂取量(どれだけ酸素を取り込み消費できるか)
②乳酸性作業閾値(血中の乳酸濃度が急増する領域や運動強度のこと) 
③ランニングエコノミー(いかに無駄なく楽に走れるか。車で言う燃費。)

①と②は通常のランニング競技の練習をすること自体である程度の向上が見込めます。
さらに特化した向上を狙う場合には高強度のインターバルトレーニングが有効です。

どの要素も決しておろそかにすべきでないことは言うまでもありませんが、ここでは③のランニングエコノミーについて掘り下げて考えてみます。

フォームと筋力

フォームを変えれば動員される筋肉や発揮筋力は異なってきますし、筋力が高まればフォームが変わってきます。このようにフォームと筋力は密接な関係があり、これらを切り離して考えることは現実的ではありません。
個人差が非常に大きいランニングのフォームの解説は各々の監督やコーチに任せ、ここでは万人共通の「筋力」に焦点を当てて行きます。

ランニングにおいて片足が地面を一瞬で強く蹴る瞬間、もう片方を素早く引き上げる必要があります。
この運動を強化するためにどういったトレーニングをすべきでしょうか。

持久系ということは「自体重で長時間高回数行うスクワット」でしょうか。
足を引き上げることを考えると、素早く足を上げるトレーニングでしょうか。
それとも、片足で強く踏み切る跳躍のような「一瞬での高い力発揮」でしょうか。

だいぶ勿体ぶってしまいましたが、これらのいずれも対象者の身体的レベルやトレーニングの習熟度により、順を追って多くの種目が全て必要になります。
後述しますが、スクワット等の基本的な種目から入り、最終的には瞬発的に高い力を発揮する「プライオメトリック(爆発的力発揮)エクササイズ」の導入まで進みます。
急がば回れ、一見遠回りにも思えるこの導入手順を決しておろそかにしてはなりません。

プライオメトリック(爆発的力発揮)エクササイズとは

両足バウンディングホップ

両足バウンディングホップ
速く瞬発的な力を養う種目「プライオメトリック(爆発的力発揮)エクササイズ」は全力で、最大努力で行うことが求められます。
しかしこれらは多くのトレーニング種目の中でも特に運動強度が高いため、いきなり実施しては怪我のリスクが高くなってしまいます。

デブスジャンプ

デプスジャンプ
怪我のリスクを低減させ、高い筋力や効率的なフォームを安全に習得するためには、適切な着地ができているか、適切な強度や頻度か、傷害の既往や負荷に対して体重過多でないか等を十分に考慮した上で、自体重の低強度エクササイズから始めて段階的に負荷や強度を高くしていく必要があります。*2

要するにプライオメトリクスのような高強度のトレーニングを行うためには、まず低強度のトレーニングで基本的なフォームをつくり、安全かつ段階的に高い負荷に怪我なく耐えられるだけの筋力を養う必要があるということです。

スクワット

スクワット
また、ベーシックなウェイトトレーニングを行う過程で、推進力に大きく関わる股関節の伸展を担う殿筋群が活性化され、身体の中枢部→抹消部の流れでスムーズに力が発揮されるようになると考えることもできます。
しかし実際の地面を蹴る&引き上げる走動作を考えた場合、ウェイトトレーニングにより発揮される「筋力」は高くても、最終的には「速さ」が伴わなければ競技への転用は効果的ではありません。
ウェイトトレーニングで養った「強い」力を、「速く強く」瞬間的に発揮できるようになってこそ競技への転用が効果的になります。その変換の役割を果たすのがプライオメトリック系のエクササイズです。

筋と腱のどちらも鍛える事の重要性

適切に管理された上で実施するプライオメトリック種目は、腱を強く固くしてくれます。
「腱が固くなる」というとマイナスなイメージに聞こえますが、これは傷害につながったり筋や関節が固くなったり可動域が狭くなるという事ではありません。

筋と腱の図

筋と腱
運動に関わる筋の両端は、腱となって骨に付着します。
プライオメトリクスによりこの腱がより強く固くなることで、ゴムやバネのように弾性エネルギーを伝達する効率が向上することが分かっています。*3
ゴムが固くなれば、伸ばされたあとにより強い力で戻ることができます。

その結果、動作に必要な一瞬のエネルギーの産生において「能動的な筋活動」に加えて「受動的な弾性反発」が関与する割合が増えるため、これもトレーニングによるランニングエコノミー向上の一要因となります。

また、筋も腱もよくゴムやバネに例えられますが、それぞれ異なる性質を持っています。
筋はそれ自体が収縮するときにエネルギーを使います。
腱はそれ自体が収縮できず、ゴムのように伸ばされることで弾力性を発揮します。受動的なものなので、腱自体はエネルギーをあまり使いません。

ウェイトトレーニングは総じて「筋トレ」と言われていますが、実際は「腱トレ」の概念も非常に重要になります。もちろんどちらも大事ですので「筋腱複合体」として全体を捉えてトレーニングを考えていくことが大切です。

なお、成人以降の腱は年齢とともに弾性を失っていきます。
たとえ成人年齢前後だったとしても、準備段階のない突発的なプライオメトリクスの導入は高いリスクを伴うため、いずれにせよ徐々に負荷に慣らす段階的な準備が必要になります。

プライオメトリクス(爆発的力発揮)導入の条件と流れ

プライオメトリックエクササイズを実施する前に、バーベルスクワットでおよそ自体重の1~2倍の重量を扱うことができることが必要条件とされています。*4

自体重の1.5倍でスクワット(60kgの人であれば、90kgでのバーベルスクワット)が1回以上できる筋力があることが推奨される事もありますが、導入するプライオメトリクスの種目によりある程度の負荷調節で対応することも可能であり、まずは基本種目の習得と並行して高い筋力を身につけていく必要があります。

重量でみると少々重いようにも感じますが、走動作においてつま先接地では体重の約1.5倍、踵接地では体重の約2倍の負荷がかかり(*5)、跳躍からの着地においてはさらに高い負荷がかかることを考えると、傷害予防の観点からも必要な筋力になってきます。

バーベル種目導入の一例

簡略的な流れとしては、まずは自体重でのスクワットを習得し、そこから自体重かつ片足での種目へと進み、基本的なフォームを構築します。

それができたらバーベル等を用いて負荷を上げたスクワットや、デッドリフト等を導入して高い筋力を養っていきます。
バーベル_スクワット
スクワット
バーベル_デッドリフト
デッドリフト

プライオメトリクス種目の一例

そこからようやくプライオメトリクス種目の導入を開始し、両足での強く速い上方への跳躍種目から前方への跳躍種目を経て、同様に片足での強く速い上方への跳躍から、最終的に片足で強く前方へ踏み切る跳躍種目まで進めます。

【両足種目の一例】

スクワットジャンプ
スクワットジャンプ
カウンタームーブメントジャンプ
カウンタームーブメントジャンプ
スプリットジャンプ
スプリットジャンプ
デプスジャンプ(上方)
デプスジャンプ(上方)
デプスジャンプ(前方)
デプスジャンプ(前方)
両足バウンディングホップ
両足バウンディングホップ

【片足種目の一例】

タップ
タップ
交互バウンディングホップ
交互バウンディングホップ

片足連続垂直ジャンプ
片足連続垂直ジャンプ
片足バウンディングホップ
片足バウンディングホップ

上記は一例ですが、種目に合わせて5~20回の範囲内でインターバルはいずれも2~5分ほど空けて、一回一回全力で動作できるよう意識することが大事です。

前述のように、腱を強くする目的のみであれば垂直方向への跳躍でも十分だと思われますが、走動作における特異的な関節角度での力発揮を考えると前方向や水平方向への移動を併用しての実施が有効であるという報告もあります。*6

筋肥大を狙うものではない

繰り返しになりますが、ランニングエコノミーの向上には基本的な種目から始め、最大筋力の向上を目的としたウエイトトレーニングや、それよりも瞬間的な高い力発揮を目的とするプライオメトリックトレーニングへとつなげる高負荷・低回数のトレーニングが重要になります。

ここでのポイントは、どの段階でもあくまで「高い負荷に耐えられる、かつ高い筋力が発揮できる身体」をつくるためのトレーニングであって、筋のサイズを増加させる「筋肥大」を狙ったものではないということです。

「筋トレ」をすればとりあえず筋肉がつくというのは大きな誤りで、すべてのトレーニングが筋肥大に結び付くわけではありません。

回数には諸説ありますが、汎用的に以下の負荷と回数が用いられます。「RM」は「repetition maximum:レぺティションマキシマム」の略で、限界回数を示しています。「3RM」ならば、3回だけできるが4回目はできないということを示します。

1~5 RM 最大筋力
6~12RM 筋肥大
13~ RM 筋持久力

本件のような長距離や持久系競技において6~12RMの負荷で筋肥大を狙ったトレーニングばかりを優先して長期で行ってしまうと、パフォーマンスにマイナスの影響を与える可能性があります。*4
運動エネルギーは「質量×加速度×距離」であるため、体重(質量)が増加するとより大きなエネルギーが必要となってしまいます。結果としてランニングエコノミーの低下につながり、燃費が悪くなってしまうのです。

長距離をはじめとする持久系種目における筋トレは低負荷&高回数をイメージしがちです。
しかし「ただ長く走り続ける」ことを競う競技ではなく、「ゴールへいかに速く到達できるか」を競う競技という視点で見た場合、一歩としてはわずかでも、向上した「地面を強く蹴り素早く引き上げる能力」の繰り返しが結果として大きな差を生む事になります。

オーバートレーニングに注意

上記より、順を追ったプライオメトリクスの導入がパフォーマンスの向上に効果的だと考えられますが、これらは高強度の種目のため筋腱にかかる負担も大きく、回復期間の事も考えて計画的に導入を進める必要があります。
持久系競技の特性上、長時間かつ長期間に渡る反復運動により慢性的な疲労状態や障害を抱えやすいため、その状態でさらに身体的負担を増やしてしまうことは望ましくありません。
ハードなトレーニングを行ったら、その分積極的に休養に努める必要があります。
「休まず懸命にトレーニングを行う事」が大事なのではなく、「狙った成果が出ているか」を主観と客観の広い視点で捉える事をお勧めします。

優秀な選手のフォームを真似ることの賛否

少々本題から逸れますが、優秀な選手のフォームを真似することが必ずしも良い結果を生むとは限りません。

ランニングにおける強豪国であるケニアの選手と日本人選手を比較した研究(*5)では、大腿部の前後面の筋のサイズに大きな差はなく、走行中、後ろに蹴った足を前に引き戻す時に大きな力を発揮する筋やそのサイズが大きく異なっていることが知られています。
日本人選手は内転筋を優位に使って足を引き戻すのに対して、ケニア人選手は大腰筋を優位に使って足を引き戻します。

内転筋
内転筋
大腰筋
大腰筋

ケニア人選手の下腿は細く長いものの、足の重さとしては日本人選手と差はなかったとのことです。
そのため、これらは個人の骨格によって各々が導き出した最適な筋活動と考えられ、骨格が異なればフォームも筋の動員も全く異なってきますので、無理に外見上のフォームを真似するだけではかえって走りにくく、パフォーマンスを下げる可能性もあります。

優秀な選手のフォームを研究したり参考にすることは非常に大切ですが、客観と主観のどちらも合わせて考慮した上で自分にとって最適かを決定することをオススメします。

また、自分にとっての「走りやすいフォーム」が「最高のパフォーマンスが出せる」フォームとも限らない可能性もあります。
「動きやすさ」は主観での大事な指標ですが、それはあくまで「現在のコンディションの中での動きやすさ」であるとも考えられます。

これらに関しても、トレーニングを行う過程で新たな発見を得たり、可能性を広げることもできるかと思います。
トレーニングはフォームに影響し、フォームはトレーニングに影響します。試行錯誤は永遠に続きます。

最後に

スポーツ競技に応用するためのトレーニングはただ競技の動きを模したものではなく、競技練習だけでは得られない能力を身に着けることで競技への還元を狙います。筋トレは筋トレの域を出ません。

そのため、「長距離選手に対してスクワット」のように実際の競技動作と似つかわしくない動きの種目だったとしても全く問題ありませんが、選手も指導者もトレーニングにより何を向上させたいかを明確に把握して共有しておく必要があります。

なお、本件では長距離におけるパフォーマンス向上と銘打っていますが、これらの基本的な考え方はボクシングなど体重階級制の競技や、体重が重くなると不利な競技など他の多くのスポーツにも応用が可能です。

「このトレーニングだけやっていれば絶対にOK」な種目はおそらく存在しません。
各々のレベルや時期、狙いや戦略などももちろん、技術コーチや監督のアドバイスに基づきつつ、主観とも照らし合わせて改善をしながら進めていくことが大事です。

*1
長距離ランナーのための有酸素性能力トレーニング:伝統からの脱却

Training the Aerobic Capacity of Distance Runners: A Break From Tradition
Anthony Nicholas Turner
Strength and Conditioning Journal Volume 33, Number 2, pages 39-42.
NSCA JAPAN Volume 21, Number 3, pages 51-54


*2
プライオメトリクスの強度に関する実践的ガイドライン
Practical Guidelines for Plyometric Intensity
William P. Ebben
NSCA JAPAN Volume 17, Number 10, pages 62-65


*3
プライオメトリックス入門:筋力をパワーに変換する
Introduction to Plyometrics: Converting Strength to Power
Ed McNeely
NSCA JAPAN Volume 17, Number 6, pages 56-59


*4
持久系選手にとって筋力トレーニングの利益はリスクを上回るか?
Do the Benefits of Strength Training Out-Weigh the Dangers for Endurance Athletes?
Jason Martuscello  Nicholas Theilen
NSCA JAPAN Volume 25, Number 6


*5
ケニア人長距離選手の生理学的・バイオメカニクス的特徴の究明 ~日本人長距離選手の強化方策を探る~ 榎本靖士氏


*6
レジスタンストレーニングが高度なトレーニングを積んだランナーの持久走パフォーマンスに及ぼす効果:系統的レビュー

The Effects of Resistance Training on Endurance Distance Running PerformanceAmong Highly Trained Runners: A Systematic Review

Linda M. Yamamoto, Rebecca M. Lopez, Jennifer F. Klau, Douglas J. Casa,
William J. Kraemer, Carl M. Maresh

NSCA JAPAN
Volume18, Number 9, pages 45-53


平塚 潤
城西大学 経営学部 准教授
平塚 潤
城西大学男子駅伝部が箱根駅伝に出場するよう育てた監督
世界陸上10000m日本代表
アジア大会10000m銀メダル
箱根駅伝 7区、2区、2区(日本体育大学)
5000m 13分26秒80
10000m 27分55秒15
マラソン2時間10分51秒
44歳、46歳、47歳、50歳年代別フルマラソン日本記録保持者
関口 貴久
コラム記事著者
関口 貴久
トレーナー、柔道整復師。
競技パフォーマンス向上のためのトレーニングや傷害予防、またそれらに関する記事の執筆を専門とする。
整形外科、医系学校教員助手、スポーツ系専門学校講師等を経験。日本国際テコンドー協会にて埼玉近郊の大会医療を担当。